★★★
27歳の誕生日に片説家をクビになった主人公。小説に憧れ、憎み、片説家となったのだが、 その片説家さえもクビになり、失格の烙印を押されて地下に…。 果たして1000の小説を置き換えることはできるのか?『日本文学』とは何者か?
作者の佐藤友哉自身の小説に対する迷いや愛憎半ばする思いが反映された作品ですね。 中で登場する「片説家」とは、個人ではなく会社を作ってグループを組み、 みんなで考えみんなで書き、読者ではなく依頼人に向けて物語を制作する集団、 という位置づけ。自分の書いているものは本当に「小説」と呼ぶに値するものなのか? という自問自答がそこには見えます。
2009年の読破数は72冊でした。
(2009.12.31)
★★★☆
1988年、バブル景気の真っ只中。東城大学総合外科に、帝華大学の「ビッグマウス」高階講師が送り込まれてきた。 高度な医療技術を必要とする食道癌の手術を、一般外科医でも可能とする新兵器「スナイプ」を引っさげて。 個性的な医者達がぶつかり合う中、17年前の因縁が密かに首をもたげていた…。
「桜宮サーガ」の「エピソード0」とでも言うべき作品。 高階病院長が講師として赴任してきたばかり。黒崎先生はまだ助教授で、 垣谷先生は助手。藤原さんは既に婦長ですが、猫田さんは主任に上がったばかり、 花房さんは一年目。さらに「血まみれ将軍」速水、 島津、田口先生まで学部の実習生として登場。 田口先生がなぜ心療内科になったのかの理由もよくわかります。 さらに水落冴子に、桜宮水族館の黄金地球儀まで登場する、という徹底したサービスっぷり。 この作品を楽しみたいならば、既刊の文庫落ちしている作品は全て目を通しておくことをお薦めします。
しかし渡海先生はともかく、世良先生は「現代」の作品に出てきてもおかしくないんですが、 既刊の作品に出てましたっけ?
(2009.12.17)
★★★
「コミュニケーション感覚」「現実感覚」「肉体感覚」「日常感覚」「自己感覚」「時間感覚」「美的感覚」 という副題のついた7編の短編からなる短編集。
SFや先進科学の要素を取り入れた作風がウリの北川先生。 「○○感覚」とつけられているように、どこまでが自分の意思で、 どこからが作られた物なのか、そんなアイデンティティを揺るがすような短編が集められています。
(2009.12.13)
★★★★
夜、動物園に来て眠る男を巡る妄想譚「動物園のエンジン」。
「こもりさま」という古い因習を持つ集落を訪れた空き巣兼探偵の黒澤が気づいた秘密とは?「サクリファイス」。
売れないロックバンドが最後に収録した曲に込められた空白の1分間がやがて世界を救う「フィッシュストーリー」。
人の好い空き巣と仙台球団の控え選手の間の秘められた絆とは?「ポテチ」。
以上の4編を収録した中編集。
中ではやはり「フィッシュストーリー」の、 何気ないことが、未来へと繋がっていく、という仕掛けが好きですね。まさにほら話。 しかしジャック・クリスピンって架空のミュージシャンだったのか…。
(2009.12.10)
★★★
「タイムスリップ」シリーズ第4弾。今回はうららがタイムスリップするのではなく、 第1弾の「森鴎外」と同じく水戸黄門が現代にタイムスリップしてくる、というパターン。
悪徳国土交通省をはじめとする政官財の癒着を斬り、 悪代官らが葵の紋所の前にひれ伏すところは、 お約束とわかっていつつも爽快ですね。
しかし公共事業見直しのネタ、親本リリース時はそんなにタイムリーじゃなかったと思うんですが、 文庫化のタイミングで見事にタイムリーなネタになりましたね…。
(2009.12.05)
★★★★
全人類が生まれた時は全て女性、のちに一部の優れた者達が男性に転換するという世界。 主人公・遙の姉・優子は、誰からも慕われる男性化候補筆頭の優等生だった。 そんな姉が流星群の夜、何者かによって殺された。果たして誰が、何のために殺したのか? 姉が残したキーワード「BG」とは一体なんだったのか。
通常の世界と変わったルールが支配する世界において、極めてロジカルに解き明かされるミステリ、 ということで、西澤保彦さんのSF新本格シリーズにも通じるものがありますね。
事件の背景はやはりこの世界ならではの独特のルール「男性化」が大きなポイントになります。 丁寧に伏線が張られているので、「BG」の正体については薄々気付くと思うのですが、 解決編で細かいセリフの端々に伏線が張られていたことに気付いて、さらに納得。 オチも含めてなかなか楽しませていただきました。
(2009.11.29)
★★★
平将門は大怨霊なんかでは無かった?桑原崇が解き明かす、平将門伝説に秘められた秘密とは?
ventusシリーズということで、現実の殺人事件は登場しません。 しかし「熊野の残照」シリーズから登場した、 神山禮子さんのパートが挟まれています。もうすっかり準レギュラーですね。 と思ったら次の「河童伝説」では再び禮子の周囲で殺人事件が起きる様で。
(2009.11.25)
★★★
Gシリーズ第4弾。「εに誓って」という集団自殺サイトに集まってきた連中と、 同じバスに乗って、バスジャックされるハメになってしまった山吹と加部谷。 果たして二人は助かるのか?
バスジャックされた状況で、いかに情報を集めて対処するか、 というリアルタイムパニック物のような異色作品でした。 メインのトリックは正直わかりにくかったですけど…。
(2009.11.17)
★★★☆
月の扉の探偵役・座間味くんが、 大迫警部相手に推理を披露する短編集。
冒頭で事件の描写があり、密室や死体などの不可思議な状況が説明されます。 その後、大迫警部が座間味くんを誘って飲み屋に行き、 警察的には既に終わった事件の説明をすると、 そこに座間味くんが新たな解釈を加える、という構成。
推理も面白いのですが、食べてる物がとてもおいしそうでした。
(2009.11.15)
★★★
「どちらかが魔女」と同時発売された、シリーズ外短編集。
印象的な短編は「虚空の黙祷者」「卒業文集」「キシマ先生の静かな生活」「僕は秋子に借りがある」 あたりでしょうか。
しかし「砂の街」って、思いっきり設定が有川浩さんの「塩の街」と被るんですけど、 なんかSFに有名な元ネタでもあるんでしょうか。 あ、あれか。ソドムとゴモラの塩の柱ってやつか。
(2009.11.10)
★★★
バブルの1988年、桜宮市にもばら撒かれた「ふるさと創生1億円」で作られた黄金の地球儀。 2013年の今、その時価は1億5000万円に上昇していた。 物理学者への道を諦め平沼鉄工所で平凡に働く平介の前に、 8年ぶりに悪友の「ガラスのジョー」が現れ、黄金地球儀の奪還を持ちかける。 果たして《ジハード ダイハード》は成功するのか?
「チーム・バチスタの栄光」の作者が送る、初の医療物とは無関係のコンゲーム小説。 まあ舞台は桜宮市なので、桜宮サーガの一翼を担うとは言えるのかも知れませんが。
普通この手のコンゲーム小説って、いかにして警備の網やトラップをかいくぐって盗み出すか、 というあたりがハイライトなんですが、この小説の場合そこら辺の警備はグダグダなのが、 なんともおかしな味わいとなってます。
4Sエージェンシーとして「ナイチンゲールの沈黙」の小夜と瑞人が出ているのが、 シリーズ読者に対するサービスっぽいですね。
(2009.11.01)
★★★
京都の夜、蠢くケモノ。それは狐かイタチか、それとも…?
「きつねのはなし」「果実の中の龍」「魔」「水神」4編の短編を収録。 例によって舞台は全て京都で、短編間同士のリンクもあります。 京都って、こういう怪奇譚みたいなのが似合いますね。
(2009.10.25)
★★★★
「山月記」「藪の中」「走れメロス」「桜の森の満開の下」「百物語」、 日本の文学史に残る名作を、現代の京都の腐れ大学生に置き換えて青春小説として生まれ変わらせました。
基本プロットとフォーマットは踏襲し、元の表現もあちこちに散りばめつつも、 全く異なる解釈で楽しんで書いている様子が伺えました。 個人的に「走れメロス」と「山月記」の2作品には特に思い入れ深いので、 楽しませていただきました。 「久闊を叙す」とか「濁流滔々」とか「赤面した」とか懐かしすぎる…。
全篇通じて登場する斎藤秀太郎はじめ、各短編間でリンクがあるところも面白いですね。 また「詭弁論部」やら「パンツ番長」やら、他作品との関連もあるようですね。 というか、森見さん作品に共通の独特の世界観を形成しているようですね。
(2009.10.16)
★★★☆
その特徴のある「耳」を活かした盗聴専門の探偵。 かつて共に暮らしたことのある秋絵を失って以来、 抜け殻のようになっていた俺の前に、冬絵が現れた。 彼女をスカウトし、産業スパイを洗い出す仕事を進めていた矢先、 目の前で殺人事件が起こり、その渦中へと巻き込まれるハメに…。
文体は紛れも無くハードボイルド、なのですが、主人公は殺人事件なんか真っ平、 というヘタレ探偵だったりして。アパートの住人達も一癖も二癖もある連中揃いで、 どこかほのぼのとした雰囲気もあります。 まあ読み終わってみると、それらも全ては壮大な仕掛けの一部だということがわかるのですが…。
絶妙なミスリードと巧みな伏線が楽しめました。
(2009.10.15)
★★★★☆
2年前に亡くなった恋人を弔っていたはずのぼくは、 何かに誘われるように断崖から落ちた…はずだった。 しかしそこは似ているようで違うもう一つの金沢の街。 自宅へ戻ったぼくを迎えたのは生まれなかったはずの「姉」だった…。
パラレルワールドという飛び道具を使いながらも、 中身はいたってほろ苦い青春小説。 2つの世界は、生まれたのが「姉」か「ぼく」か、というその一点なのに、 家の中のことだけではなく、世界はその影響によって微妙に違っていて、 それらの些細な違いが「全て受け入れるしかない」と諦めていた「ぼく」を責め立てる。 いわゆるタイムトリップ物と違って、絶対に手に入らない未来を見せ付けられるわけだから、 きついよなあ。
また、サキのキャラクターがいいんですよね。前向きで、頭が切れて、行動力もある。 謎もあり、サスペンスもあり、久しぶりに一気読みに近い感じで読了しました。
(2009.10.03)