★★★
鯨統一郎さんの連作短編。現実に起きた殺人事件に、 一時期流行ったメルヘン童話の「新解釈」を重ね合わせ、 話を聞いただけで解決してしまうという、「妄想安楽椅子探偵」型のミステリです。
日本酒を出すバーにいつも集まる刑事、犯罪心理学者、マスターの「厄年トリオ」。 そこに大学で「メルフェン」を専攻しているという女子大生が現れ、 刑事が抱えている事件を、童話になぞらえて解決してしまう。
バーでの他愛もない会話から謎を解決していく、というスタイルは 「邪馬台国はどこですか」に通じるものがありますが (そういえば最後にチラッとカメオ出演してますね)、 今回は単なる童話の新解釈に留まらず、 現実の事件の解決とも重ね合わせているところが面白いですね。 ちょっと無理矢理なこじつけじゃない?と思うところもありますが、 全てアリバイトリックにこだわってるあたりは素晴らしいと思いました。
で、解説を読んでみたら、ここで登場する「9つのアリバイトリック」は、 有栖川有栖さんの「マジックミラー」の中で出てきた「アリバイ講義」の中の、 アリバイトリックの9つの分類に沿ったものなんだそうですね。 というわけで、「マジックミラー」を読み返して、 対応付けてみました。以下ネタバレのため反転:
(2004.06.26)
★★★★
作家葛城志保が失踪した。パートナーの式部剛は、過去を切り捨てたような彼女の履歴を辿り、 「夜叉島に」行き着いた。その島は明治以来の国家神道から外れた「黒祠の島」だった……。
前半は、得体の知れない信仰に、信用できない島民たち、そこに惨殺死体まで出てきて、 まさに小野不由美さんお得意のホラーな展開。 「こんなところにいたら殺されちゃうよ!」とハラハラして読み進んでいきますが、 途中でこの島の「ルール」が明かされてからは、非常にロジカルな本格的展開に進んでいきます。 特殊な「ルール」を踏まえた上での動機・犯人探し。 新たな事実が明らかになる度に二転三転する事件の全貌。 そして意外な犯人の名が…。 このプロセスがまた何とも本格的でシビレました。 傑作です。
(2004.06.19)
★★★☆
「六枚のとんかつ」で衝撃のデビューを果たした蘇部健一の第2短編集。
今回の趣向は、「オチでイラスト」。基本的に倒叙物の構成になっているんですが、 その完璧だったはずの犯罪が、最後の一枚の絵で一瞬にして崩壊する、 そんな短編が集められてます。
個人的には、「逆転無罪」のバカバカしさも捨て難いですが、 やはり「しゃべりすぎの凶器」の切れ味が一番ですかね。
しかしこの本、カラーで印刷する必要があるからか、紙の質がかなりいいですね。 多分、同じ枚数の他の文庫よりもちょっと高いんじゃないだろうか。
(2004.06.12)
★★★☆
「伝説の文芸誌『あすなろの詩』を復刊しよう」―― 文芸部を「復活」させることになった6人の大学生たち。 それぞれプロをめざし、切磋琢磨する日々。 そしてついに「あすなろの詩」が復活したその時から、 惨劇の幕は切って落とされた…。
想像していたよりも直球な本格だったのでびっくりしました。 鯨統一郎さんの作風って、こじつけ系かダジャレ系だと思っていたので、 まさかこんなど真ん中の本格を書いているとは知りませんでした。
第一部「平和の章」は、文芸部を舞台とした青春小説としても読めます。 友情に恋、嫉妬や苦悩など。出てくる作家もかなり現代の作家が多いので、 文芸部の話といってもそれなりについていけます。
第二部「殺戮の章」に入ってからは急転直下。 推理する暇もないままにあっという間に「誰もいなくなった」状態へ。
本格苦手な人は「なんじゃこりゃ?」ってな展開でしょうけど、 無駄な部分を省いてスピード感に溢れていて、私はなかなか面白かったです。
(2004.06.10)
★★★
十一人兄弟の末っ子・生夫が幼い頃に経験した、不思議な出来事と、 それを解決してくれた下宿人・ヨモギさんの物語。
「日常の謎」系のミステリ。どちらかというとほのぼの系なんですけど、 何と言っても十一人兄弟の末っ子という設定のためか、 一人前と扱われていない鬱屈した感情などが、 独特の空気を作っている感じですね。 三話を通じて、主要キャラクターの人となりもわかりますし。 うまい構成です。
でも最後の「ヨモギさんの正体」はちょっと納得がいかなかったかなあ。
(2004.06.05)
★★★
ひとことで言うと、
インスタントラーメンを食べると性転換してしまう物語。
一話目読んだ時、「あ、苦手なパターンだ」と思ったんですよね。 練名の一人称というか。 でも読み進むに従って、面白くなっていきました。 個々の話はまあそれなりですけど、 話通しのつながりが結構面白かったです。 以下ネタバレのため反転:
1作目は、2作目の作中作。 2作目は、3作目の作中作。 4作目は、1作目と同じ世界の話。 5作目は独立?
最後の話のミスリードにはやられました。 それまでの4話があってこその5話目なんですね。
(2004.06.04)
★★★☆
乙一氏初の長編作品、らしいです。
タイトルからわかるように、「黒乙一」炸裂。 ただ、普通に考えると凄惨極まりない場面の描写も、 どこか淡々とした、冷めた感じの描写のせいなのか、 それほど嫌悪感を感じずに読み進めることができました。
そして、乙一氏の作品では必ずと言っていいほど使われる叙述トリック。 今作も「ある童話作家」の章が挟まり、「絶対に騙されないぞ」と思って読んでいったのですが、 やっぱり騙されてしまいました。
クライマックスの盛り上がりはなかなかのものでした。 ハッピーエンドなのもいいですね (ホントにそれでいいのか?と思わないではないですが)。
(2004.05.28)
★★★
「神」の救いは万人に届くのか? 貫井徳郎さんが壮大なテーマに挑戦。
うーん、なかなか興味深いテーマではありますが、当然のごとく答えが出るわけもなく。 神と殺人という、全く異なるテーマを融合させた構成は見事ですが、 ちょっと物語そのものの求心力に欠けたかなあ。 物語の構造にも途中で気づいてしまいましたし。 (あれも、他の貫井作品ほど大きな効果は挙げられていないような)。
巻末の著作リストを見ていると、いよいよ次辺り、 最高傑作との誉れの高い「殺人症候群」が文庫化されそう。楽しみです。
(2004.05.27)
★★★☆
愛知県の田舎にそびえ立つ、和時計を集めた館。 弁護士・森江春策は、久しぶりに「本業」である弁護士として、 この「和時計の館」の主である故人の遺言状開封の場に居合わせた。 遺言状の内容は特に変わったものではなく、 このまま無事に終わるかと思われた。 しかし惨劇の幕は切って落とされていた…。
コテコテの本格です。「館」という舞台設定がもう本格マニアにはたまりません。 「時計館の殺人」も面白かったなあ。
和時計の西洋時計にはない様々な特徴が紹介されていて、 それも非常に興味深かったです。ようやく宮部みゆき作品に出てくる 「暮れ六つ」とかの意味がわかりました(笑)。
まあ当然のごとくこの「和時計」の特性がトリックを形成する一要素にはなっているのですが、 事件自体はもう不可能に不可能を重ねた、って感じの念の入りようで、 これぞやっぱり本格の醍醐味だなあ、と思いました。 真相はちょっと肩透かし気味でもありましたが、 本格はこの雰囲気だけでいいのです(笑)。
(2004.05.21)
★★★
赤ちゃんを探せに続く、 助産婦・亀山陽奈を主人公、伝説のカリスマ助産婦・明楽先生を探偵、 としたシリーズの初長編。
今回は怪しげな「ハローベイビー研究所」を舞台に赤ちゃん置き去り事件やら、 誘拐未遂やら、連続盗難事件やらが起こります。
相変わらず余計なことに突っ込みすぎな主人公と、 少ない手掛かりからいくらなんでも察しが良すぎだろう、 という安楽椅子探偵、といった まあ、でも今回は主人公の行動にそれほど違和感は感じなかったかな。
むしろ先輩の聡子さん夫妻のやり取りが、なんとも後味が悪くて…。 まあ、リアルといえばそうなのかも知れませんけど。
(2004.05.15)
★★★
辻真先のデビュー長編。 帯にも前書きにも書いてあるように、 「犯人は読者だ」というのを狙った意欲作。
2つの短編(アリバイものと密室もの)と、 それを作中作として挟み込む部分からなる構成。
まあ、それぞれの事件のトリックは正直言って大したことないし、 「犯人は読者だ」というメインのトリックにしても、 まあこんなもんかな、という感じではあります。 ただ、新本格以降ではあまり珍しくないですが、 作中作とかメタミステリ的な趣向を、昭和47年(1972年)の時点でやっていた、 というのは驚きに値しますね。
(2004.05.08)
★★★★
宮部みゆきお得意の時代物。 江戸・深川の鉄瓶長屋を舞台とし、 同心の井筒平四郎が、長屋に仕掛けられた陰謀に挑む。
一見連作短編のような構成をとっていますけど、実はメインは「長い影」という長編で、 それまでの話はそこに至るまでのプロローグという構成。 最初の短編で登場するキャラクターを印象付けてから、 本編に入ることで、メインの謎にスムースに入り込めるようになってます。
また、キャラクターがとても魅力的。面倒くさがりやの同心・平四郎、 煮売り屋の未亡人お徳、若いがなかなかキレる差配人の佐吉、 平四郎の甥で美少年ながら計測マニアの弓之助、 聞いたことを全て記憶して再現する特技を持った少年「おでこ」、などなど。
「本所深川ふしぎ草子」のシリーズに出てくる岡っ引きの「回向院の茂七」も名前だけ出演。 もう引退しているようですが、大親分として岡っ引き連中を束ねている様子。
しかし、この薄さで上下巻に分けるってのは、宮部みゆきの読者層を意識してのことでしょうか? でもこれ一冊にまとめてもきっと「屍鬼」の1巻分よりも薄いくらいですよね。 いや、まあ持ち運び易くていいんですけど。
(2004.05.05)
★★★
年齢不詳、長い前髪と丸い目、小柄でいつもせわしない正に猫のような猫丸先輩が、 様々なアルバイトに顔を突っ込み、色んな事件に巻き込まれる短編集。
バイトといっても、普通のバイトじゃありません。 猫ブリーダー大会の運営、新薬の実験台、幻獣探し、デパートの屋上のヒーローショー、 そして松茸狩りの案内係、と非常に多彩。
正直、猫丸先輩のキャラクターが達観し過ぎてて掴みきれないところはあるんですが。
真相の「ああ、なるほど」さ加減では「幻獣遁走曲」が一番かな。 ただ、「トレジャーハント・トラップ・トリップ」は何か読んでて幸せな気分になれました。
(2004.04.27)
★★★★
東野圭吾さん、久々のユーモア短編集。 作者の風刺の利いたパロディ的作品といえば「名探偵の掟」が有名ですが、 「名探偵の掟」が推理小説における様々な「お約束」をパロディにしてたのに対して、 今回は推理小説をめぐる状況そのものをパロディにしている、という感じ。
税金対策で必要経費として落とすためにストーリーを無理矢理捻じ曲げる「超税金対策殺人事件」。
事件の本質と関係ない理系情報のみが書かれた小説「超理系殺人事件」。
犯人当て小説をめぐる編集者と作者の攻防「超犯人当て小説殺人事件」。
近未来の小説界を予見した(?)「超高齢化社会殺人事件」。
小説で書かれた殺人をなぞるように現実で殺人事件が起こる。
その時編集者と出版社は?「超予告小説殺人事件」。
とにかく分厚さが正義?「超長編小説殺人事件」。
考えてなかった結末にどう決着をつける?「魔風館殺人事件(超最終回)」。
「日本推理作家協会、除名覚悟!」の問題作、「超読書機械殺人事件」。
いやあ、どれもブラックユーモアが利いてて面白かったです。 これは東野さんなりに現状の小説界を嘆いている、ということなのかな?
(2004.04.24)
★★★☆
昔図書館で借りて読んだことがあるのですが、文庫化を機に再読。 しかし創元推理、文庫になるまでが長すぎるよ。もう6年ですか。
円紫師匠と《私》シリーズの第5弾で、長編2作を挟んでまた短編集。 やっぱりこのシリーズは短編の方が好きですね。切れ味があって。
「山眠る」で《私》もついに大学を卒業。 国文科の学生らしく俳句がたくさん出てきますが、 文系の素養のない私にはピンと来ませんでした。
「走り来るもの」は結末が書かれていないリドルストーリーがメインの謎。 結末のゾッとさせるような切れ味が素晴らしい。 収録作中一番好きです。
「朝霧」では祖父の日記の中に出てくる「暗号」を孫である《私》が解き明かす、 という趣向。《私》にもついに気になる人があらわれ、 人生の転機が訪れる予感。続編が楽しみです。
ところでこのシリーズの続編って書かれてるんでしょうか? 少なくとも単行本にはなってないようですが…。
(2004.04.24)
★★★☆
《チョーモンイン》シリーズの第3弾、初の短編集。
短編と短編の間に既に発表されている幻惑密室と 実況中死が挟まるため、 中々時系列的には複雑なのですが、 本編に収録されている第1話「念力密室!」が、正真正銘の第1話ということになるようで。
本作に収録されている作品は全て「サイコキネシス」で「密室」状態が作られてた、 という状況における殺人事件。「ハイヒッパー」のような捻った超能力は登場しませんが、 その分純粋に「なぜ密室が作られたのか?」という謎に専念できるようになってます。
通常のミステリでは、「密室」というとどうやって密室を作ったか、 というハウダニットに焦点が当てられがちですが、 この作品では全て「念力」で構成されたということにしてしまって、 「何のために密室が作られたのか」というホワイダニットに絞ってしまっているところがうまいですね。
そしてタック&タカチシリーズにも通じるような、ほとんど妄想推理といってもいい論理展開も見事ですけど、 やっぱりこのシリーズに関しては「キャラ萌え」的要素を無視するわけにはいきませんね。 例によって神麻さんの魅力も存分に発揮されてますが、 短編ならではの能解さん視点での作品がなかなか新鮮でした。 能解さんの保科や神麻さんに対する微妙な感情もよくわかりましたし。
しかし第1短編集にして、もうかなり二人の関係は進展しているように思うんですが、 まだあと2つも短編集が出てるんですね。しかもまだ終わってないのか。
(2004.04.20)
★★★☆
新婚で子供も生まれたばかり。幸せの絶頂だったサヤの目の前で、 夫は交通事故で死んだ。まだ首の据わらない赤子を抱えて泣きくれるサヤ。 そんなお人好しで押しの弱いサヤを見兼ねて、 夫は成仏できずにいた。そして、サヤの周りでどうしても解決できない事件が起きた時、 自分のことを「見える」人に一度だけ取り憑き、サヤの前に現れるのだ。
加納朋子さんお得意の、ほのぼの系連作短編集。 とにかく押しが弱く頼れる人もいないサヤのキャラクターに、 最初は少しイライラしたりもするのですが、 そんなサヤの周りに段々と「友人」が出来ていき、 またサヤ自身も段々と成長していく様が描かれています。 連作短編ならではの醍醐味ですね。 一冊で完結しているのも良いです。
(2004.04.15)
★★★
トップラン6話、トップランド3話の完結編。
トップランはともかく、トップランドは最初の触れ込み(年2回ずつ、 現代編・過去編を続けていく)の割には、3話で「立ち消え」になってしまって、 とても完結していたとは思えなかったのですが、 作者的にはアレで完結だったらしく。
しかしまあこの「完」で一応のつじつまはあったかな、というところですね。 結局主人公は「忍者」の代表お父さんだったのか。
トップラン&ランドシリーズを読んだことのある人は是非。
(2004.04.11)
★★★
QEDシリーズ第4弾。日光・東照宮に家康が仕掛けた「呪」とは? 三十六歌仙絵を巡る連続強盗殺人事件との関連は?
うーん、やっぱり興味がないテーマだと辛いなあ…。 かなり流し読み、飛ばし読み状態。 「現代」で起こる事件との関係もかなり無理無理だしなあ (これはまあQEDシリーズの特徴だからしょうがないけど)。
本来、奈々が一般読者を代表する立場なんでしょうけど、 解決編になるとなんか妙にさっしがよくなっちゃって、距離を感じるんだよね…。
(2004.04.10)
★★★☆
芦辺拓さんの代表作、らしいです。
鮮やかな身代金奪取を見せる誘拐事件、 カメラが見ていた「密室」で行われた侵入者無き殺人、 さらにそれらの事件と平行して語られる、半世紀前の大阪を舞台とした、 鉄壁のアリバイに守られた連続絞殺魔、 警察署内における死体消滅…、次々と消される関係者…。
とにかくこれでもか、と詰め込まれた本格要素にお腹いっぱい。 いや、ここまで詰め込まなくても、と思うほど、 もったいないと思うくらいに惜しげもなく様々なトリックやらアナグラムやらが入ってます。 謎は少し残るものの、謎が消えていく解決編のカタルシスはやはり本格ならでは。 でももうちょっと解決編の余韻を味わわせて欲しかったかなあ、とも思ったり。
ただ一つの作品としてのまとまりには欠けるかなあ、というか。 別々の作品を読んでいるような感触。 特に前半の誘拐シーンがかなりサスペンスフルでよくできているだけに。 まあ、でもこれが芦辺拓さんにとってのターニングポイントとなった作品だというのはよくわかる気がします。
この作品の中の現代「日本」は今の日本よりも中央集権的で、 より官僚主導の世の中になってて、「自治省」が地方行政を牛耳っていて、 市民は知事を直接選挙で選ぶこともできず、警察は基本的に横暴で腐ってる。 これは死体の冷めないうちにでも採用されていた設定ですが、 芦辺作品に共通した世界観なんでしょうか?
こういう「パラレル日本」な現代の設定があるために、 大阪過去パートも完全にフィクションなのかと思ってたんですが、 「大阪市警視庁」って、本当にあったんですね。 フィクションかと思って読んでたのでちょっとびっくり。 そういや、サマータイムも戦後の一時期導入してた時があったんでしたっけ。 どこまでが創作で、どこからが史実なのか、もうちょっと解説が欲しかったかも。 読んでて混乱しました。
(2004.04.02)