推理小説の部屋

ひとこと書評


天使の耳/東野圭吾 (講談社文庫)

★★★☆ 

原題は「交通警察の夜」だったらしい、交通がらみの事件を扱った連作短編集。 原題の方が内容がわかりやすいですね。 「天使の耳」というタイトルから私は「ブルータスの心臓」みたいな科学系ミステリを想像してました。

連作とはいうものの、共通する登場人物は出てきません。 余所見、違法駐車、ポイ捨て、といったちょっとした行為が、 他人の人生重大な結果を引き起こす。 必ずしも勧善懲悪ではなく、 常に法律やルールが正しい者の味方をするわけではない、 という東野圭吾さん独特の皮肉が効いてます。 結末に一捻りしてある作品も多いですね。

そんな中では、やはり悪い者が懲らしめられる、 という意味で「危険な若葉」、「捨てないで」が面白かったです。

これで3ヶ月で26冊(上・下を分けて数えると28冊)。 このペースを維持できれば年間100冊もなんとかなりそう。

(2001.03.31)


掌の中の小鳥/加納朋子 (創元推理文庫)

★★★★☆

主人公の男と、ヒロイン。 2人がひょんなことから出会い、 カクテルが揃った小粋な店「エッグ・スタンド」にてお互いの謎めいた物語を語りだす。

加納さんお得意の連作短編集。 主人公2人の話す謎めいたエピソードもバリエーションに富んでいて、 出てくるキャラクターも活き活きとしてます。 また連作ならではの各話のつながりも見事。

そしてなによりヒロインのキャラクターにやられました。 加納朋子さん自身が、四六判のあとがきで 「もし自分が男だったら、確実に惚れちゃってたに違いない女の子」 と書いていたそうですが(なんで文庫版にはあとがき載ってないかなあ)、 いやホント惚れました。良すぎ。 決して明るいだけじゃないキャラクターなんですが、 なんというか前向きなんですよね。

彼女のキャラクターが良く出ていると思うやり取りがこれ。
「…さだめし君の辞書には、謙虚だとか謙遜だとかいう言葉は載っていないんだろうね」
「意外とわかってないのねえ。はっきり言って、謙虚を語らせたら私の右に出るものはいないわよ」

これ1冊で終わりなのはもったいないです。 是非シリーズ化して欲しいものですね。

(2001.03.24)


今はもうない/森博嗣 (講談社文庫)

★★★☆ 

いつもと違い、萌絵の口から語られる「物語」を犀川が推理する、という趣向。

うん、今回は素直にやられました。 相変わらずのこだわりの密室。 そのトリック自体は結構どうでもいい(How done it? よりは Why done it? の方が重要)のですけど、物語の「仕掛け」には思いっきり騙されました。 うーん、でもあの記述はアンフェアギリギリだよなあ、 とか読み返して文句を言っても、それは負け惜しみというものか。

気が付けば、この犀川&萌絵シリーズもあと長編2編・短編1編を残すのみ。 思えば遠くへ来たもんだ。

(2001.03.23)


消えたマンガ家 アッパー系の巻/大泉実成 (新潮OH!文庫)

★★☆  

こちら「アッパー系の巻」には、 宗教など、マンガ以外のモノにハマってマンガから遠のいていったマンガ家たちが主に集められてます。 こちらになっちゃうともうほとんど知らない。 とりいかずよし、鳥山明(ボーナストラック扱いです。消えてません)、くらい。 あと、少女漫画家の山本鈴美香・美内すずえ、はかろうじて知ってるかな。

インタビュアーの大泉実成が、宗教研究家(どちらかというとインチキ宗教糾弾家;自身が中2までエホバの証人だったという経歴を持つらしい)ということもあってか、 山本鈴美香や美内すずえの回で、信者にまぎれて潜入取材したルポは、 かなりの迫力。 しかし山本鈴美香はすごいな。宗方コーチは実は父親がモデルだった、 とか興味深い事実が次々と。

(2001.03.22)


消えたマンガ家 ダウナー系の巻/大泉実成 (新潮OH!文庫)

★★★  

一時期話題になった本の文庫化。 こちら「ダウナー系の巻」には、 商業主義的マンガ雑誌のシステムに潰されていったマンガ家たちが主に集められてます。 正直、ここに収録されている中では、 半分(ちばあきお、鴨川つばめ、冨樫義博、ねこぢる)しか知らないのですが。

やはり興味深かったのは冨樫義博。 幽々白書後半の壊れていった様子と重ね合わせるとよくわかります。 だからと言ってHUNTER×HUNTERを落として良い理由にはならないけどな! それに、実は役者が演じてた、って楽屋落ちもどうかと思うけどな。
野火ノビタ(野本リツコのことですよね?)って冨樫の同人やってたんだ…。

(2001.03.22)


ストレート・チェイサー/西澤保彦 (光文社文庫)

★★★★☆

「行きずりの関係」のはずの3人の間で交わされた「トリプル交換殺人事件」の約束。 冗談だと思っていた殺人事件が起こり、意外な方向へと発展する…。

これは面白かった!冒頭の「トリプル交換殺人事件」から始まり、 「鍵のかかっていない密室殺人」、散りばめられた伏線はまさに本格の王道。 繰り広げられるデクスターばりの仮説推理合戦は、 タック&タカチシリーズでもおなじみ西澤氏の得意技。 そして本格世界に一つだけ導入された「飛び道具」。 まさにこれは西澤作品のエッセンスが詰まった作品ですね。

そして最後の一行、やられました。以下ネタバレのため未読の方は注意。

基本的にリンズィを中心にして進んでいくこの物語の中で、 読んでいて違和感を感じたのがクラウディア側からスタートした章。 しかもリンズィとの電話の会話がほとんどなので、 わざわざクラウディア側から描写する必要ないのでは?と思ったんですよね。 しかしそれも小説全体に仕掛けられたトリックだったんですね。 脱帽です。
最後も絵に書いたような勧善懲悪のハッピーエンドで後味がいいですね。

(2001.03.15)


淋しい狩人/宮部みゆき (新潮文庫)

★★★☆ 

古本屋の主人イワさんと、その孫・稔とが主人公の、 本を巡る短編集。 各短編の内容とは別に、イワさんと稔の関係も変化していくところが、 連作短編として機能していて面白いですね。

扱っている事件は、結構陰湿だったり、やり切れない事件が多いのですが、 この読後のほのぼの感は何なんでしょう。 同じ短編でも、若竹七海さんとかとは明らかに読後感が違うんですよね。 たとえるなら、宮部みゆきさんは性善説で、若竹七海さんは性悪説、 くらいの違いを感じます。

(2001.03.10)


チーズはどこへ消えた?/スペンサー・ジョンソン (扶桑社)

★★★  

「推理小説の部屋」でこれを取り上げることにはとても抵抗を感じますが、 年間100冊達成のためには手段は選ばん(笑)。

話題のビジネス書。1時間程度で読めるのでコストパフォーマンスはあまり…。 というわけで、文庫派の私も、人から借りて読みました。

迷路の中で大量のチーズを見つけた2匹のネズミと2人の小人。 しばらく幸せな生活が続くが、ある日チーズは消えてしまった。 その時2匹と2人はそれぞれどういう行動を取ったか? そしてそこから得られる人生の教訓とは?

3部構成で、久しぶりの同窓会で出会った同級生たちの場面、 そこで語られた上の「物語」、そしてそれを聞いてのディスカッション、 という構成になってます。ちょっとわざとらしいような気もしますが、 わかりやすくていいんじゃないでしょうか。

一言で言っちゃうと身も蓋もないけど、変化を恐れずに楽しめ、ということですかね。 同じ状況でも気持ちの持ちようで随分変わるということは、確かにあると思います。

(2001.03.09)


奇跡の人/真保裕一 (新潮文庫)

★★★☆ 

8年前の交通事故から脳死寸前まで行き、植物状態から生まれ変わった「奇跡の人」。 事故前の記憶を一切無くし(普通の記憶喪失と違って、「思い出せない」 わけではなく、最初から「知らない」状態)、中学一年の知能を持つ31歳の男。 ある時、生まれ変わる前の「自分」を探す旅に出る…。

自分の失われた記憶を取り戻す物語というと、「模造人格/北川歩実」などもありますが、 いわゆる「記憶喪失物」と違って「以前」の記憶を全く持っていないため、 昔の家や友人を見ても「なつかしい」といった感情を全く持たないところが少し変わってますね。

後半、主人公の「前世」を求めるあまりのしつこさに、ちょっと引いたのは事実。 しかしそのこだわりも物語の核心に迫る鍵の一つなので仕方のないところかも。 正直、あまり感情移入できる人物がいないのは痛いかも知れないが、 実際の人間なんてそんなものだよな、そういう意味じゃ人間が描けてるんだろうなあ、 とも思ったり。

どうやってまとめるつもりなのかと思ったら、こういうオチで来ましたか。 問題を先送りしただけのような気もしますが、うまいまとめ方ですね。

(2001.03.08)


初ものがたり/宮部みゆき (新潮文庫)

★★★  

本所深川ふしぎ草紙の「回向院の茂七」 を再び探偵役として据えた連作短編集。 より連作短編っぽくなっていて、各話の解決とは別に、 全編を貫く謎が出てきたり(解決しなかったりするんだけど)。 いつになるかはわからないけど続編を書くつもりもあるみたいです。

池波正太郎さんの作品のように、各話に出てくる「旬の食べ物」がとてもおいしそう。 元武士らしい料理名人の屋台親父がいい味を出してます。

(2001.03.04)


ハンニバル/トマス・ハリス (新潮文庫)

★★★☆ 

「羊たちの沈黙」の11年ぶりの続編。 作者のトマス・ハリスさんは寡作な作家さんで、これでまだ4本目の長編だそうです。 その内3本がこの「レクター博士3部作」ですから。

内容はもう「レクター博士の紳士っぷりを堪能するための作品」 と言い切ってしまっていいでしょう。 全ての舞台道具がレクター博士のカッコよさを際立たせるためだけに存在する、 と言っても過言ではありません。 それは前作のヒロインであるクラリス・スターリングも例外ではありません。 うーん、しかし何を書いてもネタバレになりそうなので、あんまり書けない…。 とにかく、このオチは意見が分かれそうですね。

しかし海外ものはやっぱ読了に時間がかかるなあ (途中風邪引いたってのもあるのですが)。

(2001.02.27)


死者は黄泉が得る/西澤保彦 (講談社文庫)

★★★☆ 

西澤保彦さんのSF新本格シリーズ第3弾。楽しみにしてました。

今回の「設定」は、題名どおり、死者が蘇る装置。 しかし単に蘇るだけではなく、生前の記憶を一切リセットされてしまうこと、 そして「仲間」が増える度に全員の記憶がリセットされてしまい、 誰が「新入り」だったのかはわからなくなってしまう、などの凝った設定がなされています。

物語は、ある同級生たちを襲った連続殺人が語られる「生前」の章と、 死者を蘇らせる装置がある館に棲みつく「ファミリー」達を描いた「死後」の章が交互に描かれます。 「死後」の章の方は時間を逆に追っていくような記述がとても斬新。 なにしろ普通じゃない状況なので、「誰が最初の1人(始祖)だったのか?」 がかなり重要になるので。

前2作は、この特異な「SF的設定」を踏まえた上での殺人事件を扱ってましたが、 今回の作品はそれらと違って「生前」の章はそれだけで独立して話と成り立ってますね。 しかもかなり陰惨な、あまりカラッとしてない連続殺人事件です。 そういう意味でちょっと融合度というか消化度が足りないかな、という気がしました。

ラストはかなり驚きました。確かにパズラーとしてはマイナスかも知れませんが、 陰惨で後味が悪かった事件に、さわやかな余韻を加えてくれて、OKです。

(2001.02.16)


法月綸太郎の新冒険/法月綸太郎 (講談社ノベルス)

★★★☆ 

ノリリン久しぶりの新作。探偵「法月綸太郎」との再会は久しぶりです。 「新冒険」という何のひねりのないタイトルも本家を踏まえてていいですね。

「背信の交点」
すべてのピースがあるべきところにピタリとはまる、 文句のつけようのない心中事件が、 たった一つの違和感から 全く別の様相を見せる…。 まるで騙し絵を見ているような、 短編ならではの鮮やかな逆転を見ることができます。 ノリリン界のニッキー・ポーターこと沢田穂波も登場。 彼女とのやり取りは探偵・ノリリンの素が見られていい感じ。

「世界の神秘を解く男」
探偵ノリリン、小説が売れない割には結構有名なんだ。 というわけで、ノリリンがポルターガイスト、 および超心理学者と戦う一編。

「身投げ女のブルース」
葛城警部の一人称で進む、ハードボイルド風の異色作。 探偵ノリリンは姿を見せず、警視の口を通してのみ語られる、 という究極の安楽椅子探偵ぶりを発揮。

「現場から生中継」
あの連続児童殺傷事件の背景に、こんな別の事件があったとは。 犯人がちゃんと捕まるところが良かった。

「リターン・ザ・ギフト」
交換殺人物。正直交換殺人物って、組み合わせのパターンが限られるんで、 これの場合も犯人の見当はついちゃったんですけど、 穂波が出てるから許す(なんじゃそりゃ)。

久々のノリリン本格物を堪能しましたが、 あとがきを読むとまだまだ復調には程遠いようですね。 「三の悲劇」が読めるのは一体いつになることやら…。

(2001.02.14)


上と外 4.神々と死者の迷宮 下/恩田陸 (幻冬舎文庫)

評価保留

こちらも隔月シリーズの第4弾。 ジャングルに落ちた練と千華子に過酷な運命がのしかかる。 「成人式」に参加し「王」と対決するハメになった練。 石の部屋に閉じ込められた千華子。 一体二人の運命は?

本当にこれ、次回で終わるんでしょうか? 状況はどんどん悪化してるんですが…

(2001.02.11)


トップラン 最終話 大航海をラン/清流院流水 (幻冬舎文庫)

★★★  

1年に渡る隔月刊行シリーズもついに最終回。

トップランテスト、M資金、GG、オランダ…。 今まで張り巡らされた伏線が一応解決します。 しかしまさかこんな話になるとは。

貴船天使を追い詰めたら少年狼が、 少年狼を追い詰めたら狐森ヒカルが、 さらに狐森ヒカルの上にはGGが…、 といった具合に次々と新キャラ登場し、 収集がつくのか?と心配しましたが、 なんとか無事着地したようですね。

しかしよくこれだけの駄洒落を思いつくなあ、という印象。

(2001.02.11)


六番目の小夜子/恩田陸 (新潮文庫)

★★★★ 

とある地方の進学校。
生徒たちの間で引き継がれる行事・「サヨコ」。
3年に一度選ばれた「サヨコ」は、 誰にも気づかれず1年間自分が「サヨコ」であることを隠し通し、 「あること」を成し遂げれば、「サヨコ」の勝ち。
そして今年は6番目の「サヨコ」が選ばれる年だった。
だが、そこに美しく謎めいた転校生「沙世子」がやってきた…。

恩田陸さんのデビュー作。 ファンタジーともホラーとも青春ものともとれる、 何ともジャンル分けの難しい作品ですね。

中心となるのは高校三年生の男女4人。 おとなしい雅子、雅子と相思相愛の体育会系・由紀夫、 観察する秀才・秋、そして美少女転校生・沙世子。
しかし特定の誰かの視点ではなく、 三人称のまま脇役も含め次々と視点が変わり、また心情が語られるため、 全員に感情移入できる構成になってます。

途中はまさにホラーって感じで「沙世子こえー!」って感じでしたが、 読み終わった後に残るこの感じは何なんでしょう。 中身が変わっても器は残り続ける…。 一度出たらその器に戻ることは二度とできない、 そんな懐かしさとも寂しさともつかない感情が残りました。

しかし結局沙世子って…(以下ネタバレのためドラッグして読んでください)
動物に好かれてて、人の心を掴むのがうまくて、好奇心が旺盛なだけの、 普通の女子高生なんでしょうか?それにしては迫力あり過ぎですが。

(2001.02.06)


『神』に迫るサイエンス/澤口俊之・山元大輔・佐倉統・金沢創・山田整・志水一夫・瀬名秀明 (角川文庫)

★★★  

「BRAIN VALLEY」の副読本。科学のいろんな分野の人たちが、 「BRAIN VALLEY」の中で取り上げられた科学について、 色々と解説を加えてくれています。 脳科学、遺伝子学、人工生命、類人猿学、脳コンピュータ、UFO学…。 理系の人なら間違いなく面白く感じるはず。 くれぐれも「BRAIN VALLEY」を読んでから読むことをお奨めします。

(2001.02.04)


騙し絵の檻/ジル・マゴーン (創元推理文庫)

★★★☆ 

無罪だとの叫びもむなしく、ビル・ホルトは冷酷な殺人犯として投獄された。 十六年後、仮釈放された彼は、真犯人を捜し始める。 自分を罠に嵌めたのは誰だったのか? 次々に浮かび上がる疑惑と仮説。 そして、終幕で明らかにされる驚愕の真相。

主人公の一人称というハードボイルドっぽい形態をとっていますが、 しっかりと本格してますね。 新たな証言により新たな仮説が現われてはまた別の証言によって消されていく。 そして圧巻はラストのクイーンばりの消去法演説!(笑) さらにさらにそこにひねりが加わってます。

しかしこの作品ってジャンのキャラが救いだよなあ(この間から似たようなこと言ってますが)。 彼女がいなかったら読むの辛い作品になってただろうね。

(2001.02.01)


製造迷夢/若竹七海 (徳間文庫)

★★★☆ 

物語の最初に配置された「逮捕状」。 随所に挿入される「何者か」の心情。 こういったフォーマットを踏襲し、 顔に火傷の痕を負った刑事一条と、 物や人に触れるだけでその思念を読み取ることのできるリーディング能力の持ち主・美潮が繰り広げる、 若竹七海お得意の連作短編集。

若竹さんの作品に共通していることですが、 犯罪の裏に表れる人間の「悪意」が痛くて、かなり事件としてはやりきれないものが多いです。 それに対して、まさに「天使」とも言える美潮のキャラクターが救いとなってます。 しかし事件はハッピーエンドを迎えるかと思いきや、 一転ブラックな結末。これが若竹さんの味なんだよなあ。

最後はしっかりとほのぼのした気分にさせてくれました。

(2001.01.27)


幻想運河/有栖川有栖 (講談社文庫)

★★★  

有栖川有栖にしては珍しく、江神シリーズでも火村シリーズでもない作品。 アムステルダムと大阪を舞台にした、幻想小説のようでもあり、 でも根幹の部分はしっかりと本格だったり。

世界各地を放浪し、なぜかオランダのアムステルダムに根付いたシナリオライターの卵・恭司。 ソフトドラッグが公認されているこの国で初めてのトリップを体験していたその夜、 友人でもあり恋敵でもあった水島は殺され、 バラバラ死体となって運河に捨てられていた…。

ドラッグによる幻覚の描写やら、予知能力やらが続くので、 これは幻想小説なのかと思いきや、 しかしその根底には有栖川有栖さんお得意の本格ロジックがしっかり横たわってます。 でも結局真相は明言されてませんけどね。 これは確かにシリーズキャラクターではできない話です。

個人的には、「作中作」の博士の話は結構面白かった。

(2001.01.26)


悪意/東野圭吾 (講談社文庫)

★★★★ 

2年以上前に図書館で借りて読んだのですが、今回文庫で再読。 何となく展開は覚えていたのですが、肝心なところはすっかり忘れていたので、 再読にもかかわらず楽しめました。

今作のテーマは動機。なにしろ、始まって3番目の章がいきなり「解決の章」で、 犯人はあっさりと捕まります。アリバイトリックも早々に暴かれます。 しかし動機だけがわからない。ここから加賀恭一郎刑事の、 まさに執念ともいえる捜査が始まります。

そう、この作品は加賀恭一郎刑事シリーズの一作でもあります。 しかも、刑事となる前に教職に就いていた時のエピソードも語られるので、 加賀刑事ファンの方は是非お見逃しなく(笑)。

再読してみて、改めてこの作品の凄さがわかったような気がします。 この動機はわからないよ、正直言って(笑)。 納得しかけたところで最後にまた背負い投げを食らわされた気分。 ホワイダニットだけでもどんでん返しは書けるんだなあ、ということを知りました。

(2001.01.23)


BRAIN VALLEY/瀬名秀明 (角川文庫)

★★★☆ 

「パラサイト・イヴ」で鮮烈なデビューを果たした、 本物の理系科学者でもある瀬名秀明氏の第二長編。 今度は「脳」の秘密に迫ります。

最先端の脳の研究の結果がちりばめられていて、 それを読んでるだけでも面白いですね。
「アミノ酸とレセプターによる分子生物学的な側面から脳の記憶のメカニズムを探る」 「満月の夜光を放つ女性の脳波を調べる」 「並列計算機で人工生命体を育てる」 「チンパンジーにボディランゲージを教えコミュニケーションを取る」
全く異なるアプローチからさまざまな研究が並行して進んでいきます。
しかしさまざまな伏線が張り巡らされた作品は、 途中から怪しい方向へと進んでいきます。
「トンでも…?」
神だのUFOだの臨死体験だのが出てきて、 一体どういう方向へ進むのかわからなくなっていきます。

「パラサイト・イヴ」では遺伝子・ミトコンドリアそのものが意志をもったら? という感じで進んでいきました。 今回もそういう意味では「脳」の機能とは何か、 人間の脳はなぜこのような機能を獲得したのか、 という点を主題にしていて、似たような構造といえるかも知れません。 後半のしっちゃかめっちゃか具合も似てるかも(笑)。

なんか最後全部解決しているようには思えないんですが、 いいんですかね?まあいいのか。

巻末についている29ページ(!)にも及ぶ参考文献リストにびっくり。 しかもこの作品、博士論文を書きながら書いたらしい。 とても人間業とは思えん(^^;)。

(2001.01.21)


リセット/北村薫 (新潮社)

★★★★☆

スキップターンに続く、 「時と人三部作」の完結篇がついに登場! 基本的に文庫派、買うとしてもノベルスくらいのこの私が、 買ってしまいましたよハードカバー。「ホワイトアウト」以来かも(何年ぶりだ?)。

スキップが→→、 ターンが←→、 だったので、次は←←かな? と思っていたのですが、意外にも→←でした。 ってわけわからんな(^^;)。 実際にはこの2つの矢印、上下に重なっていて、そこがポイントのような気がします。

物語は戦時中の女学生の視点で語られます。よくもまあこんな細かいところまで、 というほど詳細な描写。綿密な取材の賜物でしょうか。 しかしひたすらとその描写が続いていき、 前2作にあったような「時を飛ぶ」SF的展開にはちっとも入りません。 「これ、本当に時と人三部作なの?」と不安になった頃、第1部は終了します。

第2部に入り、もう一人の主人公の視点に入ります。 時代も飛んでるし、一体どうなったの? という感じ。 相変わらず時は飛ばないし。 しかしこの2人の「時」が交わるとき…。

人の想いは時を越える。
前2作に比べてSF的要素は薄まったような気はしますが、 この何ともいえない幸せな読後感は、 まさに三部作の締めくくりに相応しいといえるでしょう。

(2001.01.19)


文字禍の館/倉阪鬼一郎 (祥伝社文庫)

★★☆  

祥伝社400円文庫もこれで多分最後。 奇想ホラーとでもいうんでしょうか。

とにかく「文字」が次々と襲ってきます。 一発ネタというか。まあ、中編らしい作品ですが。 ホラーっていうより何か笑ってしまいました。

(2001.01.13)


失踪HOLIDAY/乙一 (角川スニーカー文庫)

★★★☆ 

ジャンプノベルスでデビューした乙一氏、集英社以外初の作品は何と角川スニーカー文庫から。 探す時ちょっと恥ずかしかったです。 短篇「しあわせは子猫のかたち」と自身最長作品となった中篇「失踪HOLIDAY」の2作品を収録。

氏の書く小説はジャンル分けが難しい。最初の作品とかは限りなくホラーに近かったと思うのですが (どちらかというと綾辻行人氏の「囁き」シリーズのような感じ)、 「石ノ目」に収録の作品はSFというか童話っぽいものも多かった感じ。 そして今回の作品はさらに軸がホラーから離れて、 これはもはやファンタジーといってもいいのではないでしょうか。 いや、でも「失踪HOLIDAY」の方は別にSF的要素はないか。

しかしどんな作風の作品でも共通しているのは、 きっちりと伏線を張って、それを回収していること。 そういうところはとっても本格ミステリっぽいです。 そして軽妙なセリフ運び。いやあ、いいですよ、これは。

今回の作品の場合、「しあわせは子猫のかたち」の主人公の性格設定は、 かなりリアルだと思いました。いるいる、こういう奴って感じで。 別に私がそうだというわけでないんですが。 いや、それはもう断じて違います(笑)。

(2001.01.11)


弁護側の証人/小泉喜美子 (集英社文庫)

★★★★☆

21世紀最初に読むミステリは、20世紀の名作として名高いこれにしようと決めていました(Thanks>satoさん)。 なんと昭和38年!1963年に書かれたミステリです。 現在は絶版で手に入らないと思います。

いやあ、面白かった!40年近くも前の作品とは思えません。古臭さは微塵も感じませんでした。 殺人事件の内容自体はごくありふれた平凡なものに過ぎないのですが、 組み立て方がいい。一人称で書かれる「現在」の章と、 三人称で書かれる「過去」の章が交互に置かれ、段々と事件の全貌が明らかになります。 そしてご多分に漏れず、ものの見事に騙されました。 これはプロットの勝利ですね。

21世紀、幸先の良いスタートとなりました。今年も面白いミステリに出会えますように。

(2001.01.07)


←ひとこと書評・インデックス
←←推理小説の部屋へ
→自己満・読破リスト
→推理小説関連リンク
!新着情報

↑↑趣味の館へ

KTR:ktr@bf7.so-net.ne.jp