エラリークイーンの書く推理小説に出てくる探偵は、 名前をエラリークイーンと言います。 犯罪研究家にして小説家、という設定です。 この、作者と登場人物の名前が同じ、という設定は、 日本人作家の手によって受け継がれています。 ここでは、そんな作品を取り上げてみましょう。
最もエラリークイーンの血を色濃く受け継いでいるのが、この法月綸太郎です。 なにしろ、探偵にして小説家、そして父親は警視で男やもめ、 という設定まで全く同じですから。 しかしあまりに作中人物と作者が同化してしまった結果、 作中の探偵と同じく作者本人も悩んでしまい、 寡作な作家になってしまったのは何とも皮肉な結果ですね。 「悩める作家・ノリリン」というイメージが定着してしまいました。
二階堂黎人の「二階堂蘭子シリーズ」は、 「二階堂蘭子」を探偵とするシリーズですが、 いわゆるワトソン役・「記述者」として「二階堂黎人」が登場します。 蘭子とは義理の兄妹、という設定です。 典型的な巻き込まれ型の記述者で、 間違った推理を披露しては蘭子に笑われる、という役柄ですが、 最後の「冒険活劇」の部分では蘭子をサポートする重要な役割を担っていたりします。
有栖川有栖のシリーズには、大きく二つの系統があります。 一つは学生のアリスを記述者に、「ミス研部長」江神二郎を探偵役にした 「学生アリスシリーズ」(「月光ゲーム」「孤島パズル」「双頭の悪魔」)。 そしてもう一つは、小説家アリスを記述者に、 「臨床犯罪学者」火村英生を探偵役とした「作家アリスシリーズ」 (「46番目の密室」「ダリの繭」「ロシア紅茶の謎」等)です。
この2つのシリーズの関係は実はちょっと複雑です。 単純に学生アリスが成長したら小説家アリスになるのかと思いきや、 そう単純ではありません。 まず、作家アリスシリーズ。「46番目の密室」の中にこんな記述があります。
「今度は大雨で孤立した山奥の村が舞台で…」
「またそこに学生が閉じ込められるんですか?」
人の話を遮って聞く。「また」はよけいだ、と言いたかったけど図星なので仕方がない。
「そうです。シリーズキャラクターものです」
「大学生の僕、有栖川有栖が語り手になっているシリーズですね?…」
他にも、「海のある奈良で死す」の中に作家・有栖川有栖の書いている 「なんとかパズル」という作品名が出てきたりします。 これからすると、「学生アリスシリーズ」は「作家アリス」による作品、 と捉えることができます。
一方、「学生アリスシリーズ」の「双頭の悪魔」にこんな記述が出てきます (記述者はマリア)。
一つ夢を見た。
現実には自宅生のアリスの下宿に私が遊びに行く。
そこで彼の告白を聞くのだ。
−−−推理作家になりたい。
彼は「臨床犯罪学者」なる肩書きを持った探偵が登場する自作を私に読ませる。 これだけは実は本当にあったことだ。
−−−がんばってね、
私は短い励ましの言葉を贈った。
この記述からすると、「作家アリスシリーズ」は「学生アリス」 が将来作家になった時に書く作品であるようです。
つまり「作家アリス」と「学生アリス」はお互いが「作中作」という構造になっており、 さらにこの上位に本物の作家「有栖川有栖」が存在する、 という非常に複雑な構造をしていることがわかります。
それはいいけど、早く「学生アリス」シリーズの最新作を書いて欲しいですね。
多分、他にもいると思いますけど、とりあえず私が知ってるのはこんなもんです。 他にいたら教えて下さい。